豊胸手術を体験して思ったこと

私はヒアルロン酸を入れる豊胸手術を受けたことがある。受けるまでには、相当の葛藤と覚悟と勢いが必要だったが、いざ、この豊胸手術を受ける時、何が印象に残っているのかといったら、怖かったの一言に尽きる。メスを使わないといっても、胸に麻酔をし、太い注射で色々な角度から入れていくのである。どこに入れているのかは分からなかったが、ゴリゴリすごい音がしていた。コンプレックス解消のためという大義名分があったから乗り越えられた。後悔はしていないが、もう二度とすることはないだろう。
自分の胸にコンプレックスを抱いている女性は少なくありません。胸の小ささや形、左右の大きさの違いを気にしている方のために、今は様々な豊胸手術があります。豊胸手術の中で代表的なのは、脂肪注入法です。自分の余分な脂肪を使用するため、自然なバストを手に入れることができます。ヒアルロン酸注入法は、注射器でヒアルロン酸を注入します。効果は数年しかもちません。
 東日本大震災の津波で被災した塩釜市のまちおこし会社「顔晴(がんば)れ塩竈(しおがま)」=伊藤栄明代表(49)=は16日、海藻でこした海水を煮詰めて作る古来製塩の「塩竈の藻塩」の生産を再開した。震災で損傷した竈(かまど)や機材を修復、原料にする松島湾の海水の安全性も確認した。17日午後には震災後初の藻塩が炊き上がる。
 海に近い製塩工場(同市港町2)は約2メートルの津波に直撃された。作業中だった同社総括、及川文男さん(63)は無事だったが、機材や製品は損壊したり流失した。2年前に古式にのっとって据えた自慢の竈にも亀裂が生じた。「まちおこしで始めた塩作りをやめるわけにいかない」と復旧作業を続け、県の水質検査で海水に放射能の影響がないことなどを確認して再開にこぎつけた。
 16日早朝、ホンダワラでこした海水約2トンを鉄製大釜に注ぎ、火にかけられた竈から蒸気が一面に立ち上った。約10時間煮詰め、塩の濃度が増したかん水をさらに仕上げ釜で煮詰めて約30キロの藻塩ができる。
 伊藤代表は「再開は感慨深い。復興のいち早いメッセージになるはず」と言い、震災復興支援フェアに出荷する予定。【渡辺豊】

5月17日朝刊

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 ◇家族・自宅失い、勤務先で寝泊まり
 東日本大震災の発生から2カ月以上たち、被災地の自治体職員の心労はピークに達している。家族を亡くしたり自宅が流された職員も、職務を全うしようと不眠不休の日々を送る。一部の自治体は臨時職員を採用したが、多くの自治体は人手不足のまま。04年の新潟県中越地震では自治体職員が過労死するなど公務員の過度の負担が大きな問題となったが、今回の大震災でも被災地の公務を支える人々の健康状態が懸念されている。【鈴木梢】
 気仙沼市教育委員会の職員、小野寺由喜(よしき)さん(27)は、津波で農協職員の父十一郎(とおいちろう)さん(55)を亡くした。同市の実家や妻子と暮らしていたアパートも流されたが、勤務先の同市市民会館が避難所となったため、震災直後から避難者のケアに奔走している。「仕事を離れたのは疲れてめまいが起きた時と父の葬儀で休んだ2回だけ」という小野寺さんは、市民会館事務所の床の上で寝る毎日だ。
 南三陸町生涯学習課の佐々木仁一(じんいち)さん(48)は、津波で母光代さん(68)が行方不明になった。自身は地震発生後に災害時の職務を果たすため避難所に向かう途中、津波に襲われたが、電線につかまって九死に一生を得た。地震翌日から避難所に泊まり込み、住民の要望に耳を傾ける。4月から全国から届く支援物資の倉庫で働き、仕分け作業を指揮している。
 役場が流された同町では、物資が高く積まれた倉庫の一角に、発見された遺体と行方不明者のDNAを鑑定するための相談所が設けられている。
 光代さんを捜す時間さえない佐々木さんは、ボランティアが次々指示を仰ぐ合間をぬい、相談所で光代さんの情報がないか確かめる。「食料を集めて町民の命をつなぐのが今の仕事。(それを放り出して)母を捜しには行けない」。佐々木さんは自分に言い聞かせるように話した。
 県によると、地震後に国が震災対応に枠を広げた雇用創出基金事業を利用すれば、津波被害の大きい沿岸部の15市町で計約4000人を臨時職員として雇用できる。
 石巻市は今月に入り242人を、避難所管理や罹災(りさい)証明窓口、支援物資の仕分けなど、職員の手が回らない業務に当たる臨時職員として採用した。だが、多くの自治体は、必要な人数を試算できないことなどを理由に採用を見送っている。
 中越地震で過労死認定された新潟県の旧山古志村職員、星野恵治さん(当時32歳)の母信子さん(64)は「自治体職員は責任感から頑張りすぎてしまう。息子のような2次被害が出ないよう対策を考えてほしい」と訴えた。

5月17日朝刊

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